どうやらネットで戦艦大和の副長」の能村次郎さんを探していてプログにヒットしたようです。

出版社は大手です、事情が遺族を探しているらしいのですが30年前の事で地下鉄岸里駅のマンションに80歳の老夫婦がお住まいしていた、喫茶店の近くの寺に行っていた事だけしか覚えていませんから、役にはたっていないでしょう。

なんか嬉しくなりまして、皆さんにご報告です。まあ、誤字もへちまも関係ないようですわz ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
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https://www.flickr.com/photos/gustavominas/
仕事で初めて会った業者と喋っていたら、私の30年以上も前の喫茶店時代の話で盛り上がりました。

話の内容は私の喫茶店ではなく並びのラーメン屋の話です。そのラーメン屋がオープンした時はガラガラでたまに出前をしてもらっていましたが今では超繁盛店。道頓堀に出店するも、開店前か開店直後にご主人が倒れて道頓堀の店を閉めました。お昼は行列でその時の借金もすぐに払ったらしいです。

肝心の仕事の話はそっちのけで、懐かしく店周辺の話をしていました、その業者は18歳年下ですが意気投合してその後は不動産談義など話がつきませんでした。

もう少し、年齢が近ければ共通の知人(業者)もいてヒートアップしたかもしれません。同郷の方たちの交わりが濃いいのも分かるような気がします、あの喫茶店は私にとって故郷なのかもしれません。腰痛が治ったら自転車で行って、あの喫茶店に27年ぶりに入ってみようかな。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
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 何時ものように早朝6時30分から始まるモーニングサービスが終わりランチサービスの時間だ。今日は昨日作った残り物の鱒の塩焼きだ、激安で売っていたので客寄せのに始めた日替わりランチ用に5人分程買った、美味そうだったが宣伝の為に我慢して食べずに残しておいた。

昼休みまでガラガラなのに今日はスーツを来たリーマンが数組来て珈琲を注文した。その後、沢山のサラリーマンが団体で来た生意気なヤンキーの連中だ。その後に見るだけ分かる極道がスーツで入ってくると全員が一斉に「ごくろうさんです」と挨拶をして。

卸売市場が近いので○事務所がそこらにある。市場の人は博打好きなのでヤ○ザの店舗があるようだ。関係者は常連だが何時もはピンのヤ○ザばかりだが今回は組織的なヤ○ザの集団だ。

少し驚いたのは最初の数組はどちらと言うと大人しい風采の上がらないダメ社員に見えた、外観では完全に舐めてしまう。次のヤンキーの連中もやや舐めてしまう部類だろう。間違ってこの手のヤ○ザを相手にしていたら大変だ。

店としては何でもいいから儲かればいい、過去にマルチ商法の会場に時間貸ししたこともある。これは懲りたので一回のみにした。クレームがあった訳ではないが聞いていると完全に詐欺だ、一杯280円で片棒は担ぎたく無い。

お昼はヤ○ザで満席だった、22人座れるうち21人はヤクザだった。後で分かったが残った1人は素人サラリーマンで相席にされて怖くて出れなかったようだ。この人も最悪だっただろう、この客は一見客で二度と来てくれないだろう、うちも最悪だ。

結局、ランチは売れ残り食べる事になった。楽しみにしていたランチが何と腐っていた、残念な気持ちと同時に、もしあの連中に出していたらと思うと寒気がした。その日から日替わりランチは姿を消した。

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西村友禅彫刻
「ぬくもり、安らぎ、和の心」を与えてくれる友禅彫刻の技法を駆使し、山伏の心を込めて彫り上げます。京都市「未来の名匠」認定、京都の工房、パリ出展 【西村友禅彫刻】

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30年前に喫茶店を自営していた時のお客さんに、「戦艦大和の副長」の能村次郎さんがおられた事は、密かな自慢です。当時80歳ぐらいのお年でした。喫茶店の近くにある寺に来た帰りに寄って頂きました。ご夫婦と同じ位の女性と3人で毎週のように来て頂いておりました。

戦争当時の話を聞くのが楽しみでした。中国に赴任中、街中を歩く時はズボンのポケットに小型銃を握りながら手を入れていたらしいです。何かの酒席には何百と言う部下が酒をつぎたがり、大変だった話などをしていただきました。

ご夫婦と連れの女性の話を聞いていると、40年前が昨日の事の様に話しておられました。能村さんが冗談話をすると、連れの女性が「そんな事を言っていると英霊に笑われますよ」時は止まっていました。世間はバブル前の時代です。私の方も話を聞いているうちに40年前の感じになり可笑しな感じでした。

気が付けば、来店も無くなり、淋しくしていたのを思い出します。一番聞きたかった大和の最後の話は聞けませんでした。ご自宅までお伺いして秘伝の梅酒を頂いたこともありました。人生の最後は大和の慰霊碑関係の寄付金集めをされていたようです。






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二十数年前、常連さんのヤクザが一人で喫茶店に来ました。いつものメンバーは現れません。今日はやたらと、電話をしています。店が暇なのもあるのですが、声が大きい人で話している内容はまるぎこえです。「○○は居てるか、帰ってきたら、ここの喫茶店に電話してくれ」「○×は居てるか、帰ってきたら、ここの喫茶店に電話してくれ」そこら中に電話するが皆、留守(たぶん居留守と思います)です。「兄貴か、何とかしてくれ、博打で負けた金を今日中に払わなアカンねん。・・・・・もうええわ、又、指飛ばしたらええねんやろ。」いくら待っても誰からも電話はありません。ヤクザはもうじき切断する指を動かしてじっと見ていました。・・・・・・その後、そのヤクザは二度とこなくなりました。何処かに逃げたか、命を懸けた勝負で・・・・・

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35年ほど前の喫茶店を自営していた頃の話しです。その喫茶店は市場を主とした下町で、食品加工会社や飲食店、商店街、住宅、ヤ○ザ事務所が混在した場所にありました。当時はバブルの最中で何処も賑やかで活気がありました。

お客さんは市場関係の常連の方が多く、だいたいの顔ぶれは決まっており、座る場所や時間、注文するものは同じです。15坪程度の店なので、お客さん同士の話は良く聴こえますし、カウンターに座り声をかけられたりもしました。

あれは、夏場だと思います。近くの居酒屋兼お好み焼きの大将がいつものように元気にはいってきました。小柄な人で年は50歳台で、父と同じような年でした。当時の世相がそのまま抜け出たような格好をいつもしていました。三宅一斉かどこかのブランドのサマーセーターの上にわざわざ、見えるように首から金の分厚いネックレスを外につけていました。腕には金のブレスレットです、中国人の成金のように、付けている物と釣り合いが全くとれておらず、滑稽に見えました。

当時の喫茶店のコーヒーは280円です。いくら売っても私にはそんな物は買えません。(その当時は、よく節約していました)羨ましさや商売の儲けで負けている劣等感で一杯でした。飲み物の注文も「ご注文は」と聞くと、当時話題だったエイズをネタにして「エイズ入りのコーヒー」と注文されて「このおっさん、かなり調子に乗ってるなあ」と思っていました。一緒に来た同年代のスキンヘッドの大柄な男はどう見ても、その筋の方でした。ええカッコして連れてきたのかなと思っていました。二人は普通に話しをして出て行きました。

数時間たって今度はしっかり者の少し綺麗な奥さん(娘さんも綺麗で、そこの所も少し気に入らなかったのですが)と店に来て奥さんが「さっきの人、知ってる人?」と険しい顔で聞くので「初めての人です」と答えました。そのおっさんはスキンヘッドと親しく喋っているように見えたのですが、どうやら、パチンコ屋で因縁をつけられて喫茶店に連れて来られたようです。自分の子供のような奴に助けを呼ぶのも恥ずかしく、スキンヘッドの男のいいなりなって自慢のネックレス渡したようです。本人曰く、まるで魔法にかかったように抵抗感も無く自ら相手に手渡してしまったらしいです。そんなはずは無く、この後におよんでも、まだええカッコしていました。

最初は自業自得と心の中で笑っていましたが、場所が自分の店の中なので共犯者的に思われたり、危ない店と思われたり(実際に今振り返ったら危ない店です)と迷惑な話です。そのおっさんは二度と店にこなくなりました。私は客も減って評判も下がり踏んだり蹴ったりで、災難です。数年前にも同じような顛末で50万円を失いました。どうも私は嫌な相手に災いをもたらして、自分にも災難をもたらす能力があるようです。今はこの能力は完全に封印しています。

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23歳から29歳(30年前のバブル時代)まで友人と喫茶店を自営していました。場所は市場の近くです。お客さんは市場関係の方や近くの商店関係の方がほとんどでした。中央市場の営業時間は夜中から昼まで労働環境は悪く、労働者の質もさまざまです。大手物流会社の元所長、シベリア抑留されていた憲兵、書道だけでは生活出来ない師匠、イタチなどの害獣駆除業者、いろんな組のヤ○ザ、自己売買して飛んだ証券マン、新入りの証券マン、ヤ○ザ系不動産会社、ヤ○ザ専門の車屋、信用金庫の社員、中小企業の社長、殺人にあったパーマ屋さん、殺人した外車屋、家具屋、喫茶店の中でヤ○ザにネックレスを恐喝されたお好み焼き屋、土地成金の女性、ホストに騙されている女性、ライオンの部長と不倫相手、ほっかほっ亭の社員、車通勤中ぽっくり病でしんだ食品会社の部長、不倫で降格されたコンニャク会社の部長、漫才のはな寛太、
近く慰霊碑があるらしく戦艦大和の副艦長、佐川急便の創業者が実家の商売の運送をしていた文化住宅の大家さん。柔術や数学に強い精神障碍者、ゴルフ好きの漬物屋の社長。6時間以上カウンターに滞在する嘘ばかりついているが憎めない人。地下鉄の運転手から改札係りに降格された駅員。巡相撲取りを連れてくるヤ○ザの元先輩。鶏肉店の奥さん。いつも株の信用取引とパチンコで勝つ話をする魚屋。鶏肉店の危ない兄弟。タクシー会社の働いていた友人の父。

上記の登場人物のはなしをいずれしたいと思います。


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